会社概要
末廣の歴史
歴史
その昔、とある禅僧が宋の国より味噌の製法を日本に持ち帰り、紀州の湯浅、そしてこの播磨の地に伝えました。その味噌の上にたまった「美味しいお汁」それが醤油の始まりといわれています。 それ以来、この播磨地方、特に「龍野」の町は醤油の名産地として栄えて参りました。江戸時代には龍野の藩主の保護、奨励もあり上方はもちろん、遠く江戸までも「くだりもの」として重宝されておりました。何百年もの間、いくつもの醤油蔵が腕と味を競い切磋琢磨して磨き上げてきた伝統の味と香り、これを何よりも大切に守り続け次代に伝えていくことが、私どもの使命だと考えております。
末廣の自然
自然
播磨平野の西北にたたずむ「龍野」は、瀬戸内海特有の穏やかな気候に恵まれ、多くの緑の残る自然豊かな景色を有する町です。また、街の中央を流れる揖保川は、夏には多くの鮎が上る清流として知られています。そしてその伏流水は醤油造りに最も適した「軟水」で、この「水」を用いて造られた「うすくちしょうゆ」は、料理の素材の色を鮮やかに残す日本料理に欠かせないものとなっています。 醤油造りに最も適した気候、そして「水」・・・私どもはこれらの恩恵に感謝しつつ、その自然と「水」を最大限に生かせる伝統的な製法で醤油造りを行っています。
末廣の蔵人
蔵人
龍野の醤油造りの歴史とその技術は、数多くの職人の力によって人から人へ、そして蔵から蔵へと引き継がれてまいりました。私どもの蔵においても過去に幾多の先人達が、努力を重ねながら、「末廣・オオギイチ」の醤油を守り続けてまいりました。 現在、私どもでは十数名のスタッフ・・「蔵人」・・が、新しい技術や知識を取り入れながらも「変えてはならないもの」、「守り伝えるべきもの」が何なのかをしっかり胸に刻み込んで、毎日醤油造りに励んでいます。そして、その歴史の中で育まれたお客様との信頼関係、それを何より大切にしていきたいと考えています。
末廣蔵の力
蔵の力
醤油は人間の力だけで造れるものではありません。原料の大豆や小麦から「しょうゆ」を造り上げるためには、いろいろな微生物の助けが必要になります。その中のひとつ、「醤油酵母菌」の中には、蔵の中に長年住みついてその「蔵元」の味や香りづくりに、大きな役割を果たしているものがあります。 この「蔵住み酵母」が私どもの醤油の変わらぬ味を支えてくれています。私どもが伝統の中で与えられたかけがえのない財産のひとつです。